【曲解説】The Beatles – Maxwell’s Silver Hammer

動画

曲情報

“Maxwell’s Silver Hammer”(マックスウェルズ・シルバー・ハンマー)は、イギリスのロックバンド、ビートルズの楽曲で、1969年のアルバム『Abbey Road』に収録されている。ポール・マッカートニーによって作詞・作曲され、レノン=マッカートニー名義でクレジットされている。この楽曲は、マックスウェル・エジソンという学生がハンマーで殺人を犯すという内容で、陽気なサウンドに乗せられたダークな歌詞が特徴である。マッカートニーはこの曲について、「人生において突然起こる不運の象徴」と説明している。

この楽曲は、1969年1月の『Get Back』セッション中に初めてリハーサルが行われた。7月から8月にかけて『Abbey Road』のレコーディングが進む中、バンドは4回の録音セッションをこの楽曲に費やした。しかし、マッカートニーが細部にこだわり、長時間にわたる作業を強いたため、他のメンバーからの評判は非常に悪かった。リンゴ・スターは2008年のインタビューで、「最悪のセッションだった」と振り返っている。

背景

マッカートニーは1968年初頭にインドのリシケシュでこの曲の最初のヴァースを書き始めた。10月にはほぼ完成していたが、『ホワイト・アルバム』のセッションでは時間の都合で正式に録音されなかった。その後、1969年1月に『Get Back』のセッションで再びリハーサルされたものの、レコーディングはさらに6か月後となった。

マッカートニーの妻リンダによると、彼は前衛劇に興味を持ち、フランスの象徴主義作家アルフレッド・ジャリの作品に没頭していた。この影響が「Maxwell’s Silver Hammer」のストーリーやトーンに表れており、歌詞に登場する “pataphysical” という言葉もジャリの作品に由来する。

録音

ビートルズは1969年7月9日、ロンドンのEMIスタジオ(後のアビー・ロード・スタジオ)でこの楽曲の録音を開始した。ジョン・レノンは、スコットランドでの交通事故で負傷し、8日間の療養を経てスタジオに復帰した。彼の妻オノ・ヨーコも事故で大きな負傷を負い、スタジオ内のベッドに横たわりながら作業を見守った。

このセッションでは16回のリズムトラック録音が行われ、さらにギターのオーバーダビングが加えられた。その後、ピアノ、ハモンドオルガン、アンビル(鉄床)、ギターの追加録音が行われ、8月6日にマッカートニーがムーグ・シンセサイザーのソロを録音して完成した。

この曲の録音プロセスについて、レノン、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターはいずれも否定的な意見を述べている。レノンは「俺が事故で休んでいる間に大部分が録音されたが、あの曲は本当にひどかった」と語っており、ハリスンも「ポールは時々、俺たちにとんでもなくくだらない曲をやらせる」と批判している。スターは「『Maxwell’s Silver Hammer』のセッションは最悪だった。何週間もかかったし、本当に狂っていた」と述べた。

批評と評価

1969年の『Rolling Stone』誌でジョン・メンデルソーンはこの曲について「ポール・マッカートニーとレイ・デイヴィスだけが書けるような、陽気なミュージックホール風の曲」と評し、「楽しげな少年合唱風のボーカルで、誰でもハンマーでぶちのめせる喜びを歌い上げている」と述べた。『Oz』誌のバリー・マイルズは「アメリカン・ロックとイギリスのブラスバンド音楽を融合させた典型的なポールのスタイル」と評価したが、『Sunday Times』のデレク・ジュエルは「1920年代の冗談のような曲」と批判的だった。

後年の評価と遺産

ビートルズの伝記作家イアン・マクドナルドは「もしビートルズ解散の原因を示す楽曲が1曲あるとすれば、それは『Maxwell’s Silver Hammer』だ」と述べ、「ポールの最もひどい誤算であり、ビートルズの一体感を壊した」と評した。また、ジョナサン・グールドは「この曲はハリスンの優れた楽曲を押しのけて採用された例であり、ビートルズが避けようとしていた軽薄なエンターテインメントのスタイルを復活させた」と批判している。

2009年には、『PopMatters』の編集者ジョン・バーグストロムが「ビートルズの最悪の楽曲」リストのトップにこの曲を挙げ、「マッカートニーが書いた音楽ホール風の曲の中でも最悪であり、聴くに耐えない」と酷評した。

歌詞の意味

この曲は明るく軽快なメロディとは裏腹に、主人公が突発的で不可解な暴力を繰り返すというブラックユーモアに満ちた物語を描いている。奇妙な学問に没頭する少女や、彼を疎ましく思う教師、そして裁判にかけられた場面まで、日常的な場面が次々と登場するが、そのたびに主人公が予測不能な形で惨劇を引き起こしていく内容。ポップなリズムと残酷な出来事のギャップが強烈で、まるで悪い冗談のような不気味さと、ロンドン風の皮肉が同居している。彼の行動には明確な理由もなく、周囲の人々の驚愕や混乱さえ、淡々と流れるリズムに飲み込まれてしまう。無邪気さと狂気が手をつないだような独特の語り口で、不条理なブラックコメディとして成立している曲になっている。

パタフィジック(Pataphysics)とは?

パタフィジック(’Pataphysics)は、フランスの作家アルフレッド・ジャリ(Alfred Jarry, 1873–1907)が考案した「架空の解決策の科学(the science of imaginary solutions)」である。科学を皮肉った哲学であり、現実の法則を超えた想像上の現象を研究する学問とされる。

「例外を法則とする」ことを特徴とし、一般的な科学が普遍的な法則を求めるのに対し、パタフィジックは特異なケース(例外)を重視する。ジャン・ボードリヤールはこれを「我々の世界における想像上の科学、過剰と無意味さの科学」 と表現した。

わかりやすく言うと、パタフィジックとはアンサイクロペディアのような言葉遊び・風刺・皮肉をふんだんに盛り込んで、この世の事象を真面目な文体でふざけ倒して解説するような似非学問である。

英和辞典などでは「空想科学」という訳語が掲載されていることもあるが、これは誤解を招く表現である。

また、この曲の歌詞に出てくるような「試験管」を使うような類のものではない。ポール・マッカートニーは厳密にパタフィジックの定義を意識していたわけではなく、単に変わり者の科学者っぽいキャラを作るためにこの言葉を使った可能性が高い。

P. C. 31 とは?

「P. C. 31」 という言い方は、ちょっとロボットっぽく聞こえるかもしれないが、これはイギリスの警察の階級を表す言い方である。

  • 「P. C.」「Police Constable(巡査)」 の略。
  • 「31」 は個別のバッジナンバーや識別番号。

つまり、「P. C. 31」「巡査31号」 のような意味になる。これはイギリスの警察で一般的な表現である。「P. C. Smith」のように名前を後に続ければ「巡査スミス」という意味になる。

error: Content is protected !!