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曲情報
Eleanor Rigby(エリナー・リグビー)は、イギリスのロックバンド、ビートルズの楽曲で、1966年のアルバム『Revolver』に収録されている。また、「Yellow Submarine」との両A面シングルとしてもリリースされた。レノン=マッカートニー名義の作品だが、ジョン・レノンとポール・マッカートニーの間では主な作者をめぐって後に意見の食い違いが生じている。ジョージ・マーティンやピート・ショットンなど複数の証言は、マッカートニーによる創作を支持している。
本作は、ビートルズが従来のロックンロールやポップ路線から、実験的でスタジオ中心の制作スタイルへと変貌を遂げる過程を示す作品である。ジョージ・マーティンによるダブル弦楽四重奏の編曲と、孤独を描く物語的な歌詞により、音楽的にも詞的にも当時のポピュラー音楽の常識を打ち破るものとなった。シングルはオーストラリア、ベルギー、カナダ、ニュージーランドでチャート1位を獲得している。
背景とインスピレーション
ポール・マッカートニーはピアノで即興的に遊んでいるうちに「Eleanor Rigby」のメロディを思いついたという。ドノヴァンの証言によれば、初期の段階ではマッカートニーがギターで「Ola Na Tungee」という名前の人物を主人公にしていたバージョンを演奏しており、当時はインド音楽的な要素を持ち、歌詞には薬物使用を示唆する「暗闇で意識を吹っ飛ばす」「粘土のパイプ」といった表現が含まれていた。
当初マッカートニーが主人公に考えていた名前は「エリナー・リグビー」ではなく「ミス・デイジー・ホーキンス」だった。1966年、マッカートニーは『サンデー・タイムズ』の記者ハンター・デイヴィスに対して以下のように語っている:
「最初の数小節がふっと浮かんだんだ。頭の中で“デイジー・ホーキンスは、結婚式が終わった教会で米を拾う”って名前が出てきた。理由はわからない……その先はあまり浮かばなかったから、いったん放っておいた。すると“ファーザー・マッカートニー”という名前が出てきて、“all the lonely people”というフレーズも浮かんだ。でも、聴いた人が僕の父親のことだと思うかもしれないと思って。父は陽気な人なんだよ。だから電話帳をめくって“マッケンジー”という名前を見つけた」
「エリナー」という名前は、1965年の映画『Help!』でビートルズと共演した女優エリナー・ブロンに由来している可能性があるという。「リグビー」はブリストルにあるRigby & Evens Ltd.という店の名前から取られた。マッカートニーは当時の恋人ジェーン・アッシャーが出演していたブリストル・オールド・ヴィックの舞台『The Happiest Days of Your Life』を訪れた際にこの店を見かけたといい、1984年には「自然に聞こえる名前を探していたんだ。“エリナー・リグビー”って自然に響いたから」と回想している。
2021年10月に『ニューヨーカー』誌でマッカートニーが語ったところによれば、この曲のインスピレーションは、一人暮らしをしていた高齢女性との交流にあったという。彼はその女性の買い物を代行し、キッチンで一緒に過ごしながら彼女の話やクリスタルラジオに耳を傾けた。マッカートニーは「その話を聴くことで僕の魂は豊かになり、のちの楽曲創作に影響を与えた」と述べている。
作詞の協力関係
マッカートニーはメロディと1番の歌詞を一人で書き上げた後、ジョン・レノンのケンウッド邸の音楽室でビートルズのメンバーに曲を披露した。ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター、ピート・ショットン(レノンの旧友)もこの場に居合わせ、それぞれアイデアを出し合った。ハリスンは「Ah, look at all the lonely people」のフックを提案し、スターは「説教の言葉を書くが誰にも聞かれない」という一節を加え、「ファーザー・マッカートニーが靴下を繕っている」というアイデアも出した。ショットンは、聴き手がポールの実の父親と混同しないように「ファーザー・マッカートニー」の名前を変更すべきだと助言し、これにより「ファーザー・マッケンジー」という名前が生まれた。
マッカートニーは曲の結末を決めかねていたが、ショットンは、二人の孤独な人物が最終的に出会うものの、それはエリナー・リグビーの葬儀でファーザー・マッケンジーが司式を務めるという案を提示した。レノンは当初この案に強く反対したが、マッカートニーは何も言わず、その案を採用した。後にマッカートニーはショットンの貢献を認めている。レノンの記憶では、最終的な歌詞の仕上げはスタジオで行われ、マッカートニーはニール・アスピノールやマル・エヴァンズ(ビートルズのローディー)にも意見を求めていたという。
この曲は、マッカートニーの作品に対してレノンが後になって自分の貢献を過大に主張したまれな例である。1970年代初期、レノンは音楽記者アラン・スミスに対して「歌詞の70%は自分が書いた」と語り、『メロディ・メーカー』誌への公開書簡では「歌詞の約50%はスタジオやポールの家で自分が書いた」と主張した。1980年には「1番以外はほとんど自分が書いた」とも回想している。これに対し、ショットンはレノンの貢献は「ほぼゼロ」だったと述べ、マッカートニーは「ジョンは数語手伝ってくれたが、自分の分が8割ぐらい」と語っている。
音楽学者ウォルター・エヴァレットは、歌詞作成は「おそらくグループ全体の協力によるもの」と考えている。歴史家エリン・ターケルソン・ウェバーによれば、利用可能な証言の多くはマッカートニーを主な作者としており、レノンの主張は1970年以降のものに限られている。レノンは1980年のインタビューで、マッカートニーが自分ではなくバンド仲間や友人に創作協力を求めたことに不満を持っていたと語っており、ウェバーはこの感情的な痛みや、曲の高評価への嫉妬が後年の主張の背景にある可能性を指摘している。
作曲
音楽構造
この曲は、エオリアン(自然短音階)とドリアンのモードミクスチャー(旋法混合)の代表的な例である。調性はEマイナーで、Em–Cという進行に基づいており、エオリアン・モードの♭3、♭6、♭7音を用いている。ヴァースの旋律はドリアン・モード(6度がナチュラル)で書かれている。「Eleanor Rigby」はCメジャーのコーラス(”Aah, look at all …”)で始まり、続いてEマイナー(”lonely people”)に移行する。エオリアン・モードのC音は、その後の「dre-eam」(C–B)で再登場し、CコードがEmへと解決することで旋律に緊張感を与えている。
「in the church」のフレーズ冒頭に現れるC♯音は、Eマイナースケールにおける6度であり、これがドリアン・モードの特徴を示している。「All the lonely people」で始まるコーラスでは、ビオラが7(D)→6(C♯)→♭6(C)→5(B)というクロマティックな下降を行い、音楽の流れと登場人物の運命に「避けがたい雰囲気」を加えていると音楽学者ドミニク・ペドラーは分析している。
歌詞
1966年のロンドンはスウィンギング・シティとして華やかだった一方で、冷戦下の不安、宗教への信頼の喪失、第三次世界大戦への恐怖が漂っていた。「Eleanor Rigby」には終末感がにじんでいる。
この曲の歌詞は、マッカートニーがそれ以前に書いた楽曲とは異なり、一人称・二人称の代名詞を避け、恋愛という主題からも離れている。語り手は小説家や脚本家のような第三者的視点を採っている。ビートルズ伝記作家スティーブ・ターナーは、キンクスのレイ・デイヴィス、特に「A Well Respected Man」や「Dedicated Follower of Fashion」などのシングルからの影響が見られると指摘している。
作家ハワード・サウンズは、この曲の物語をサミュエル・ベケットの戯曲に登場する「孤独で打ちひしがれた人物たち」と比較し、リグビーは誰にも見送られずに死に、司祭は信徒も信仰も失っていると述べている。エヴァレットは、リグビーとマッケンジーの描写が個人の孤独や空虚な人生を普遍的なものに昇華しており、レノンの「Nowhere Man」と同様のアプローチが見られるとする。彼はまた、マッカートニーの描写が「鮮明でありながら一般的でもあり、こうした失われた魂への深い共感を呼び起こす」と述べている。
歌詞の意味
この曲は人知れず孤独の中で生き、そして消えていく名もなき人々の姿を、冷静で深いまなざしで描いている。結婚式の残骸を片付けながら、誰にも必要とされていない現実に埋もれていく女性と、誰にも聞かれない説教を書き続ける神父の姿が対比され、それぞれが誰にも気づかれないまま日常をこなしているという静かな絶望が流れる内容。二人は別々の場所にいても同じ孤独を抱えていて、その人生が重なるのは死の瞬間という皮肉が胸に刺さる。誰にも看取られず、誰の記憶にも残らない人生の虚しさが、淡々とした語り口の中で浮かび上がり、「孤独な人々はどこから来て、どこへ消えていくのか」という問いだけが重く残る曲になっている。
Wearing the face that she keeps in a jar by the door の意味
これはかなり奇妙なフレーズだが、ポール・マッカートニーは、母親がニベアのコールドクリームを愛用していて、それで顔を「保存」するイメージがこれに結び付いたと語っている。
「jar(ジャー)」は「瓶」と訳されることが多いが、実際はジャムの瓶、ピクルスの瓶のようなガラス製の瓶以外にも、保湿クリーム、ワセリンなどを入れるプラスチック製のスクリューキャップ付き容器やスキンケアやコスメに使われる蓋付きの円筒型容器にも「jar」という言葉が使われる。
ニベアのコールドクリームの容器は以下の画像を見ると驚くほど変わっていないことがわかる。

したがって、ここでの「jar」は「瓶」ではなく、「容器」「容れ物」と訳す必要がある。

