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曲情報
「Ob-La-Di, Ob-La-Da」(オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ)は、イギリスのロックバンド、ビートルズ(The Beatles)が1968年に発表した楽曲で、2枚組アルバム『The Beatles』(通称『ホワイト・アルバム』)に収録されている。ポール・マッカートニー(Paul McCartney)が作詞作曲し、レノン=マッカートニー(Lennon–McCartney)名義でクレジットされている。アルバム発売後、多くの国でシングルとしてリリースされ、オーストラリア、日本、ニュージーランド、スイス、西ドイツなどでチャートの1位を獲得した。アメリカでは1976年に遅れてシングルカットされ、ビルボードHot 100で最高49位を記録した。
マッカートニーは「Ob-La-Di, Ob-La-Da」を、ジャマイカのスカを模倣したスタイルで作曲し、ロンドンを拠点とするナイジェリア人ミュージシャン、ジミー・スコット(Jimmy Scott)が広めたフレーズをタイトルとコーラスに採用した。楽曲のリリース後、スコットは作曲クレジットを求めたが、認められなかった。この楽曲のレコーディングセッションでは、マッカートニーの完璧主義がメンバーやレコーディングスタッフとの間に摩擦を生み、特にジョン・レノン(John Lennon)はこの曲を嫌っていた。セッション中の激しい口論が原因で、エンジニアのジェフ・エメリック(Geoff Emerick)がビートルズの録音作業を辞職する事態にまで発展した。1980年代半ばには、スコットがコンガを演奏した初期バージョンがシングルとして発売される予定だったが、最終的に1996年のコンピレーションアルバム『Anthology 3』に収録された。
ビートルズがこの曲を英米でシングルとしてリリースしなかったため、多くのアーティストがカバーし、ヒットを狙った。その中で、スコットランドのバンド、マーマレード(Marmalade)のカバーが1968年末にUKシングルチャートで1位を獲得し、スコットランドのバンドとして初のナンバーワンヒットとなった。「Ob-La-Di, Ob-La-Da」は人気を博した一方で、その軽快な作風が批判の的となり、「最悪の楽曲リスト」に名を連ねることもある。しかし、2009年以降、マッカートニーはこの曲をコンサートで定期的に披露している。
背景とインスピレーション
マッカートニーは、1968年初頭にインドのリシケシュ滞在中にこの曲を書き始めた。同地で超越瞑想を学んでいたプルーデンス・ファロー(Prudence Farrow)は、ビートルズのメンバーが彼女を部屋から引き出そうとして、この曲を演奏していたと証言している。マッカートニーは、当時イギリスで人気を博していたレゲエの影響を受けていた。音楽評論家のイアン・マクドナルド(Ian MacDonald)は、本曲を「マッカートニーによるジャマイカ・スカへの独自のオマージュ」と表現している。
歌詞に登場する「デズモンド」は、レゲエ歌手デズモンド・デッカー(Desmond Dekker)にちなんで名付けられた。タイトルの「Ob-La-Di, Ob-La-Da, life goes on, brah」は、ジミー・スコットが広めたフレーズであり、彼のバンド名でもあった。スコットの未亡人によると、彼のステージでは「Ob la di」と呼びかけると観客が「Ob la da」と応え、彼が「Life goes on」と締めくくるというパフォーマンスを行っていたという。
1968年11月に「Ob-La-Di, Ob-La-Da」がリリースされた後、スコットは作曲クレジットを主張したが、マッカートニーは「単なる表現」として拒否した。スコットは「これは私の家族しか使わない言葉だ」と反論したが、英メディアはスコット寄りの報道を行い、マッカートニーを怒らせた。1969年、スコットは養育費未払いでブリクストン刑務所に収監され、ビートルズに法的費用の支払いを求めた。マッカートニーは、スコットが作曲クレジットを放棄することを条件に、支払いに同意した。
レコーディング
ビートルズは1968年5月、ジョージ・ハリスン(George Harrison)の自宅でアルバムのデモ録音を行った。この時点ではマッカートニーがアコースティックギター1本で演奏するシンプルなバージョンだった。
正式なレコーディングは7月に行われた。最初の完成版は7月3日から5日にかけて録音され、スコットがコンガを演奏し、3人のサックス奏者が参加していた。しかし、マッカートニーの指示により、別バージョンが録音されることとなった。7月8日、ジョン・レノンはこの曲を嫌悪し、「ポールの“おばあちゃん向けの音楽”だ」と批判した。マリファナを吸ってスタジオに戻ったレノンは、ピアノで新たなアレンジを提案し、そのバージョンが最終的に採用された。
マッカートニーはさらに修正を試み、9日には新たな基本トラックを録音したが、結局8日のテイクが採用されることとなった。この過程で、マッカートニーとプロデューサーのジョージ・マーティン(George Martin)が口論となり、エンジニアのジェフ・エメリックはビートルズの仕事を辞めた。
最終バージョンには、マッカートニーが誤って「デズモンドが家にいて、おめかしをする」と歌ってしまった部分があり、本来「モリー」がするはずだったこの行はそのまま残された。
なお、ハリスンが「Ob-La-Di, Ob-La-Da」を嫌っていたことが、『ホワイト・アルバム』収録曲「Savoy Truffle」の歌詞に「We all know Ob-la-di-bla-da / But can you show me where you are?」(俺たちはみんな Ob-La-Di, Ob-La-Da を知ってるけど、お前は一体どこにいるんだ?)と登場することで示唆されている。音楽ジャーナリストのロバート・フォンテノ(Robert Fontenot)によれば、これはハリスンによるマッカートニーの曲への皮肉だったとされる。
歌詞の意味
この曲は、日常の中で軽やかに進んでいく人生の愛おしさを、ふたりの物語を通して温かく描いている。市場でのささやかな出会いから始まった関係が、気づけば指輪を交わし、家族になり、子どもたちの笑い声に満ちた家へと続いていく。大げさなドラマはなくても、手を取り合いながら積み重ねていく時間こそが幸福だと、優しく語りかけるような内容になっている。
繰り返される朗らかなフレーズは、どんなことがあっても“人生は続いていく”という明るい肯定の象徴で、ふたりの歩く道を軽い足取りで照らしていく。時に役割が入れ替わるような茶目っ気も添えられ、完璧じゃなくても笑い合える関係の温もりが感じられる。日々の小さな喜びを抱きしめながら、明日もまた続いていく――そんな穏やかな幸福の情景を描いた、柔らかく微笑むような物語になっている。
barrow とは?
barrow は手押し車(リヤカー)という意味で、この歌詞においては市場でリヤカー型の屋台で商品を販売しているというイメージ。つまり、露店商人をやっているということ。
宝石と金のカラットの違い
カラット(carat, karat)は、宝石と金で異なる意味を持っている。
1. 宝石のカラット(Carat, ct)
- 質量(重さ)の単位
- 1カラット = 200ミリグラム(0.2グラム)
- 例: 「1ctのダイヤモンド」 = 0.2gのダイヤモンド
? 宝石のカラットは「重さ」を表す。
大きさではなく、重さで評価されるため、密度が異なる宝石では同じカラットでもサイズが変わる。
2. 金のカラット(Karat, K, kt)
- 純度(純金の割合)の単位
- 24K(24カラット)が純金(100%)
- 18K = 金75% + 他の金属25%
- 例: 「20Kの指輪」 = 金の純度が約83.3%(20/24)
? 金のカラットは「純度」を表す。
純金(24K)は柔らかすぎるため、通常は他の金属と合金にする。


