【曲解説】U2 – Bullet The Blue Sky

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曲情報

「Bullet the Blue Sky(バレット・ザ・ブルー・スカイ)」は、アイルランドのロックバンドU2(ユーツー)の楽曲であり、1987年のアルバム『The Joshua Tree』の4曲目に収録されている。歌詞は、ボーカルのボノがニカラグアとエルサルバドルを訪れた際に目の当たりにした、アメリカ合衆国の軍事介入による現地の農民への影響に着想を得ている。怒りを感じたボノは、ギタリストのエッジに「エルサルバドルをアンプに通してくれ」と頼んだ。「Bullet the Blue Sky」はバンドの中でも特に政治的なメッセージが強い楽曲の一つであり、ライブパフォーマンスではしばしば政治的な紛争や暴力への批判が込められる。

作詞・作曲と録音

「Bullet the Blue Sky」は、U2がダブリンのSTSスタジオでプロデューサーのポール・バレットと共に行ったジャムセッションでデモとして生まれた。エッジは、イギリスのロックバンドThe Fallの楽曲を聴いて、そのギターリフを真似ようとしたが、結果的に独自のリフを生み出した。彼はこのリフを「アップテンポで、とても強烈なもの」と評しており、最終的にこれが「Bullet the Blue Sky」のサビ部分となった。ベーシストのアダム・クレイトンとドラマーのラリー・マレン・ジュニアが加わり、楽曲にハーフタイムのリズムが取り入れられた。

ボノはクレイトンがエッジと異なるキーで演奏していたことに気づいたが、録音が終わるとバンド全員がそのデモを「絶対的に素晴らしい」と感じた。エッジはデモバージョンを「もっとシンプルでヘビーファンクのようだった」と振り返っているが、当初この楽曲は未完成のまま放置された。しかし、プロデューサーのブライアン・イーノが「ホームレスのリフ」と表現し、バンドに完成させる価値があると説得した。

1986年7月、ボノと妻のアリ・ヒューソンはニカラグアとエルサルバドルを訪れ、政治的な対立やアメリカの軍事介入によって苦しむ農民の姿を目の当たりにした。この経験に大きな衝撃を受けたボノは、バンドに戻るとエッジに「エルサルバドルをアンプに通せ」と指示し、その結果としてギターのフィードバックを多用した演奏が生まれた。

プロデューサーのダニエル・ラノワは、「Bullet the Blue Sky」の制作が最も進んだのは、エッジが新しく購入したモンクスタウンの海沿いの自宅「メルビーチ」でのセッションだったと語っている。ラノワは、20分間のジャムセッションから最終的なアレンジを作り上げた。レコーディングエンジニアのデイブ・ミーガンは、Led Zeppelinのようなサウンドにするために、ミックスの調整を行い、よりヘビーな音に仕上げた。

ミーガンのアイデアにより、U2の主要エンジニアであるフラッドは、レコーディングをウィンドミル・レーン・スタジオで行い、隣接する倉庫に設置したPAシステムでマレンのドラムを鳴らし、それを再録音した。この手法により、ミーガンは「ジョン・ボーナム(Led Zeppelinのドラマー)のようなサウンドになった」と語っている。

最終的なミックスは2つの異なるバージョンを組み合わせたものであり、1986年12月にU2がスティーブ・リリーホワイトを迎えてアルバムのミックスを行った際、エッジが「あるバージョンから別のバージョンへ飛び移る」よう依頼した。リリーホワイトは2つのテープのテンポを手作業で調整しながら、異なるセクションを1/2インチのテープレコーダーに転送し、「すべてが一度に演奏されたわけではなく、完全に異なる要素をつなぎ合わせた」と語っている。

リリーホワイトの最終ミックスは、イーノとラノワのバージョンとは大きく異なり、エフェクトやオーバーダビングを多用していた。ラノワは、「私たちは録音された音空間をそのまま伝えようとしていたが、彼(リリーホワイト)はそれにこだわらず、あらゆるエフェクトを駆使した」と語っている。

楽曲の中でボノは、「顔を茨の茂みに咲く薔薇のように赤くして、まるでロイヤルフラッシュのすべての色をまとったような男」が「100ドル、200ドルと札束を叩きつける」場面を語る。この歌詞のモデルとなったのは、当時のアメリカ大統領ロナルド・レーガンであり、彼の政権が中南米の軍事政権を支援していたことに対する批判が込められている。また、この歌詞は、ボノがエルサルバドルで見た壁画に影響を受けたものであり、そこには戦車に乗ったレーガンがファラオとして描かれ、逃げ惑うエルサルバドルの人々が「イスラエルの子供たち」として表現されていた。

歌詞の意味

この曲は暴力と権力がもたらす破壊を、宗教的象徴や戦争のイメージを交えて描き出している。嵐や炎といった自然の激しさは、現実の暴力行為と重ねられ、罪と苦痛が地形や空さえ傷つけるかのように提示される。語り手は比喩的な視点と報告的な視点を切り替えながら、苦しむ人々の姿や燃え上がる象徴物を見つめ、暴力の根がどのように育ち、どのように社会を裂いていくかを示唆している。

中盤で挿入される語りの場面では、金と暴力、軍事力が結びついた構造が描かれ、個人の体験と国家規模の力学が交錯する。戦闘機が民家の上空をかすめ、街の生活音にまで緊張が浸透する描写は、暴力が遠い場所だけでなく身近な日常にも影を落とすことを象徴する。アメリカという名が繰り返されるのは国そのものの批判ではなく、権力の介入とその影響が地政学的文脈を超えて作用することの比喩として扱われている。

全体として、破壊の連鎖とその背後にある政治的・宗教的力学を鋭く照射する内容になっており、抑圧と抵抗、恐怖と暴力の現実を音響的な緊張とともに表現する構成が特徴となっている。

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