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曲情報
「Running to Stand Still(ランニング・トゥ・スタンド・スティル)」は、ロックバンドU2(ユーツー)の楽曲であり、1987年のアルバム『The Joshua Tree』の5曲目に収録されている。ピアノとギターを基調としたスローバラードで、ダブリンのバリムン・フラッツに住むヘロイン中毒のカップルを描いている。この高層住宅群は、楽曲と結びつけられる象徴的な場所となった。歌詞には多くの時間が費やされたが、音楽はプロデューサーのダニエル・ラノワとのレコーディングセッション中に即興で作られた。
U2は『The Joshua Tree』でアメリカ音楽を探求し、「Running to Stand Still」はフォークロックやアコースティック・ブルースの影響を示している。この曲は批評家から高く評価され、多くの評論家がアルバムの中でも特に優れた楽曲の一つとして挙げている。また、U2の4つのツアーで定期的にセットリストに含まれ、異なるアレンジや解釈がなされてきた。
背景
「Running to Stand Still」は、1980年代のダブリンにおけるヘロイン中毒の流行を背景に書かれた。これは、1984年のアルバム『The Unforgettable Fire』に収録された「Bad」や「Wire」と同様のテーマを扱っている。ベーシストのアダム・クレイトンはこの曲を「Bad Part II」と表現している。また、Thin Lizzyのフロントマンであるフィル・ライノットの薬物依存による衰退と死も、クレイトンにとって強い共鳴を呼んだ。
U2は2014年のアルバム『Songs of Innocence』以前は、ダブリンでの自身の成長に直接関連する楽曲を比較的少なく書いており、北アイルランド紛争(The Troubles)や国際問題に関する楽曲を優先してきた。「Running to Stand Still」は、ダブリンとの具体的な関連性を持つ楽曲の一つである。
歌詞に登場する「七つの塔」は、1960年代にダブリンのバリムン地区に建設された7棟の高層住宅群(バリムン・フラッツ)を指している。ボノ(ポール・ヒューソン)は隣接するグラスネヴィン地区のシダウッド・ロードで育ち、バリムンの塔の建設現場で遊んだり、エレベーターを体験するために訪れたりした。やがて、建物の管理不足や施設の欠如、一時的な居住者の増加などにより、社会環境とコミュニティの結束が崩壊していった。建物周辺には尿や嘔吐物の臭いが漂い、接着剤の吸引者や使用済みの注射器が散乱し、警察の出動も日常的だった。ボノの友人であるグギは、個人的な薬物問題を抱えていた時期にこの住宅群で生活していた。ボノはこの環境で希望を失った人々と接する中で、社会的意識を形成していった。
作詞・作曲と録音
楽曲のタイトルは、ボノの兄弟が事業の苦境について「まるで止まるために走っているようだ」と表現したことに由来する。ボノはこのフレーズを初めて聞いたとき、ヘロイン中毒とその身体への影響を象徴する言葉として捉えた。ボノはまた、バリムン・フラッツに住むヘロイン依存のカップルの実話を聞いた。彼らは金がなく、家賃を払えない状況に陥り、男性はダブリンとアムステルダムを往復するヘロインの密輸人となり、大金を得るために危険を冒すようになった。ボノは、この男性が本質的には善良な人物であったが、生活環境と誤った選択によって追い詰められていたと感じ、その影響を描こうとした。歌詞はこの状況を直接的には語らず、カップルが生きる感情的な雰囲気を描写することで、その悲劇性を伝えている。楽曲は非難することなく、特に女性への共感を示している。
「Running to Stand Still」の歌詞は入念に作られたが、音楽はバンドがスタジオで即興的に作り上げたものだった。ギタリストのエッジが別の楽曲のセッション中にピアノのコードを弾き始め、プロデューサーのダニエル・ラノワがギターで加わり、そこにバンド全体が合流した。この初期バージョンは、最終的な楽曲構造のすべての要素を含んでいた。
エッジは、スライドアコースティックギターを「ブラスター」を通してアンプで増幅しながらオーバーダビングを行った。ラノワは、エッジがスタジオ横のラウンジで演奏しているのを聞き、その場で録音することを決めた。エッジのギターを直接ミキシングコンソールのマイク入力に接続し、独特の音色を作り上げた。
楽曲の構成と解釈
『The Joshua Tree』は、アメリカの文化や政治、音楽への関心を反映した作品であり、「Running to Stand Still」もまたその一環である。楽曲はDメジャーキーで演奏され、テンポは92BPMの4/4拍子。ブルースやフォークの影響を受けており、特にブルース・スプリングスティーンの『Nebraska』と音楽的な類似性が指摘されている。
イントロとアウトロにはスライドアコースティックギターが使用され、その音色は「陰鬱でありながら夢幻的」と評されている。ピアノパートはDとGのコードを交互に使用し、楽曲に叙情的な雰囲気を与えている。ダニエル・ラノワは、エレクトリック「スクレープギター」を用いて音楽に独特のテクスチャーを加えた。ラリー・マレン・ジュニアの柔らかなドラムが2番のコーラス後に加わり、ボノのハーモニカが楽曲の締めくくりを担当している。
歌詞では、女性の薬物依存と誤った超越願望が描かれ、「She runs through the streets / With her eyes painted red」や「She will suffer the needle chill」といった表現が登場する。「You’ve got to cry without weeping, talk without speaking, scream without raising your voice」というラインには、無力感とフラストレーションが込められている。タイトルフレーズは曲の最後まで登場せず、構成上のカタルシスを生み出している。
『The Joshua Tree』の20周年記念版のライナーノーツで、作家ビル・フラナガンは「『Running to Stand Still』は、圧倒的な責任によって抜け出せない状況に陥ったすべての人に向けられた曲だ」と記している。
歌詞の意味
この曲は、逃避と依存の悪循環に沈む人物像を描き、葛藤と脆さを物語として展開している。停滞した状況から抜け出そうとする意志が冒頭で示されるが、その行動は嵐から逃れるような衝動的なもので、根本的な解決には至らない構図を形成している。甘美さと苦味が共存する感覚は破滅的な快楽との関係性を示唆し、出口が一つしか見えないという認識は追い詰められた心理を象徴する。声を抑えたまま感情を放たねばならない状態や、有害なものを体内に取り込みながら浮遊するように現実から離れていく描写は、依存の深まりと自己喪失を暗示する。
物語後半では、荒れた天候の中を駆ける女性像が提示され、外界の嵐と内面の混乱が重ねられる。彼女が持ち帰る宝物のようなものは儚い救いの象徴でありながら、全体としては破壊衝動と不安定さが強調される。最終的に示される寒さと痛みに耐える姿は、依存から抜け出そうとしつつも同じ場所に留まってしまう逆説的状況を端的に表し、前進のために走りながら実際にはその場に釘付けになっているという核心的テーマが締めくくられている。

