【曲解説】Kate Bush – Wuthering Heights

動画

ミュージックビデオ(バージョン1)

ミュージックビデオ(バージョン2)

曲情報

「Wuthering Heights」(ワザリング・ハイツ)は、イギリスのシンガーソングライター、Kate Bush(ケイト・ブッシュ)のデビュー・シングルで、1978年1月20日にEMI Recordsからリリースされた。ブッシュのデビュー・アルバム『The Kick Inside(ザ・キック・インサイド)』(1978年)からのリード・シングルとして発表されたこの曲は、独特な和声進行と不規則なフレーズ構成を用いており、歌詞はエミリー・ブロンテによる1847年の小説『嵐が丘』に着想を得ている。ブッシュは18歳のとき、わずか一晩でこの曲を書き上げた。

「Wuthering Heights」はイギリスのシングルチャートで14週にわたりランクインし、1978年3月には4週連続で1位を記録した。これにより、ブッシュは全編を自作した楽曲で全英1位を獲得した初の女性アーティストとなった。また、オーストラリア、アイルランド、イタリア、ニュージーランド、ポルトガルでもチャート1位を獲得している。

2016年、Pitchforkは「Wuthering Heights」を1970年代の楽曲の中で5位に選出。2020年には『ガーディアン』が歴代UKナンバーワンシングルの中で14位にランク付けした。この曲はイギリスで60万ユニット以上の売上とストリーミング数を記録し、プラチナ認定を受けている。1986年には再録音されたボーカルを用いたリミックスが、ブッシュ初のコンピレーション・アルバム『The Whole Story(ザ・ホール・ストーリー)』に収録され、「Experiment IV」のB面としても使用された。

作曲

ブッシュは1977年3月5日の深夜、18歳のときにわずか数時間で「Wuthering Heights」を書き上げた。彼女は1967年にBBCで放送された『嵐が丘』のテレビドラマを観たことをきっかけに着想を得た。その後小説を読んで、著者エミリー・ブロンテと自分が同じ誕生日であることに気づいた。

この曲は、小説『嵐が丘』の登場人物キャサリン・アーンショウの幽霊の視点から歌われており、ヒースクリフの窓辺で「寒い」「中に入れて」「夜に悪夢を見る」といった言葉を使って懇願する。批評家サイモン・レイノルズはこれを「4分半に凝縮されたゴシック・ロマンスの気体のような狂詩曲」と表現した。音楽と歌詞は現実世界と死後の世界の二重性を形成しており、現実はイ長調で過去形、死後の世界は変ニ長調で現在形として描かれている。また、独特な和声進行と不規則なフレーズが特徴である。

ブッシュはこの曲のボーカルをワンテイクで録音した。彼女のパフォーマンスには、インド映画のプレイバックシンガーや京劇で見られる軟口蓋の操作による音色変化の技術が用いられている。ギター・ソロはイアン・ベアンソンが担当し、彼はギタリストとしての理由からその音色に長年不満を抱いていたという。このソロは彼が腕を骨折していた状態で演奏された。エンジニアのジョン・ケリーは、ソロの音量をもっと大きくすべきだったと後に述べている。制作チームはブッシュと共に、深夜0時から翌朝5〜6時までかけてミックス作業を行った。

リリース

当初、レコード会社のEMIは「James and the Cold Gun」をリード・シングルとして選んでいたが、ブッシュは「Wuthering Heights」にこだわった。シングルは当初1977年11月4日に発売予定だったが、ブッシュはジャケットに不満を持ち、差し替えを要求した。一部のラジオ局にはすでにプロモ盤が配布されていたが、EMIはブッシュの意向を受け入れ、リリースを1978年1月20日に延期した。

シングルのジャケット写真はアルバムと同様に、ジェイ・マーダルが撮影した「大きなペイントされた龍の凧にしがみつき、巨大な目を滑空するブッシュ」のイメージが使用された。

「Wuthering Heights」は1978年2月11日付のチャートで42位に初登場し、翌週27位に上昇。ブッシュは音楽番組『Top of the Pops』に初出演した。その翌週にはBBC Radio 1のプレイリストに追加され、ラジオで最も多く放送された楽曲の一つとなった。1986年のコンピレーション・アルバム『The Whole Story』の初版では、誤ってこのシングルのリリース日を1977年11月4日と記載している。

ミュージックビデオ

バージョン1(屋内版)

「Wuthering Heights」には、似た振り付けのミュージックビデオが2種類存在する。ブッシュは振り付けとダンスを自ら考案し、自身のキャラクターが幽霊であることを暗示する演出を行っている(小説の該当シーンに基づく)。屋内版のビデオは、1967年のBBC版『嵐が丘』から強い影響を受けている。ビデオでは、ブッシュが白いドレスを身にまとい、濃いアイライナーを引き、霧が立ち込める暗い部屋の中で踊っている。

小説の該当シーンでは、キャサリン・アーンショウが雪に囲まれた暗闇の中、窓の外から広げた目で見つめており、その顔には白い光が差している。彼女のセリフ「I’ve come home」は、ブッシュの歌詞「It’s me, I’m Cathy, I’ve come home. I’m so cold. Let me in-a-your-window.」と一致する。このビデオはMTV時代以前のミュージックビデオ史における重要作とされ、Pitchforkの「70年代の最も偉大なミュージックビデオ」ランキングでは3位に選ばれている。

またこの屋内版ビデオは、小説『嵐が丘』の物語に対する別視点も提示している。語り手であるネリー・ディーンは、物語に深く関わりながらも「鈍感さ」や「感情の乏しさ」により信頼できないナレーターとされており、その語りによってヒースクリフとキャシーの関係像が歪められていると指摘される。ブッシュの楽曲とビデオは、「You had a temper, like my jealousy / too hot too greedy.」のような一人称の視点を通して、こうした重要なシーンを再構築している。そのため、大学の文学講義では『嵐が丘』のテーマを視覚的に提示する手段としてこのビデオが使用されている。

バージョン2(屋外版)

バージョン2の「Wuthering Heights」公式ビデオでは、歌詞の「out in the wily, windy moors(狡猾で風の強い荒野で)」に合わせて、サリスベリー平原の草地でブッシュが踊る様子が描かれている。彼女は赤いドレスを着用し、背景にはスコッツパインの木々、曇天の空が映っている。撮影場所はウィルトシャー州ティッドワース近郊のシドベリー・ヒル付近にある「ベイデンズ・クランプ」と呼ばれる場所で、1977年10月26日の朝に撮影された。この赤いドレスは後にポップカルチャーの中で繰り返し参照されることとなる。

このビデオは「The Most Wuthering Heights Day Ever」と呼ばれるイベントのきっかけにもなった。イベントでは参加者(通称Cathyたち)が赤いドレス、黒いアクセサリー、赤い口紅という特徴的なスタイルでブッシュを模倣する。このイベントはサリスベリー平原から世界中に広まり、2016年にはアメリカ・ウィスコンシン州のジェームズ・マディソン・パークで初のアメリカ開催が行われた。こうしてケイト・ブッシュはBBC版『嵐が丘』の枠を超え、自身の解釈による「Wuthering Heights」とその愛の物語を世に広めていった。

歌詞の意味

この曲は、エミリー・ブロンテの小説『嵐が丘』をもとに、主人公キャシーの視点から語られる“幽霊の告白”とも言える作品である。死後のキャシーが、最愛の人ヒースクリフの元へ戻り、窓辺で「中に入れて」と訴え続ける――そんな物語的情景が、幻想的で切迫したトーンで描かれている。

冒頭では、生前のキャシーがヒースクリフと過ごした激しい関係性が回想される。愛情と嫉妬が極端に交錯し、憎しみと愛が同時に噴き出すような複雑さが歌われる。この“愛していたし、憎んでもいた”という二面性が、曲の一貫した緊張感を生み出している。

サビ部分は、この曲の最も象徴的な場面で、キャシーが“自分はここにいる、寒くて苦しい、あなたのところへ帰ってきた”と窓越しに訴える。これは物理的な帰宅ではなく、死後の魂が帰ってきたという設定で、切なさと不気味さが重なった独特の雰囲気を持つ。

二つ目のヴァースでは、キャシーが“あなたのいない世界は暗く孤独で、すべてが崩れ落ちる”と嘆き、ヒースクリフのもとへ戻ることだけを望み続けている。ここでも彼への依存や執着が強調され、生前の彼女の激しい性格が死後も続いていることが暗示される。

ブリッジに入ると、キャシーは“あなたの魂を奪いたい”と歌い、単なる愛ではなく、呪縛や一体化への欲望が強く滲む。この曲の幻想的でやや恐ろしい部分が最も濃く表れる瞬間で、ケイト・ブッシュ特有の舞台的でドラマティックな表現が際立つ。

全体として、「Wuthering Heights」は愛と執念、帰還と未練、幽霊の語りによる幻想性を融合させた楽曲であり、激しい感情を渦巻かせながらもどこか儚い美しさを持つ作品となっている。

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