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All That You Can’t Leave Behind
U2
- Wild Honey
- Peace On Earth
- When I Look At The World
- New York
- Grace
曲情報
U2(ユーツー)の”Peace on Earth”(ピース・オン・アース)は、2000年のアルバム『All That You Can’t Leave Behind』に収録された8曲目の楽曲であり、その歌詞は1998年8月15日に北アイルランドで起きたオマー爆破事件に影響を受けている。
この曲の歌詞には、爆破事件で亡くなった人々の名前がいくつか挙げられている。また、「She never got to say goodbye / To see the colour in his eyes / Now he’s in the dirt」というフレーズは、同じ事件で犠牲となったジェームズ・バーカーの葬儀から着想を得ている。The Irish Timesの報道によると、彼の母ドナ・バーカーは「彼の目があんなにも緑色だったとは気づいていなかった」と語ったという。
2001年9月11日の同時多発テロ事件の後、「Peace on Earth」は新たな意味合いを帯びるようになり、バンドのエレベーション・ツアーではアンコール曲として「Walk On」と組み合わせて演奏された。これら2曲は追悼番組『America: A Tribute to Heroes』でのパフォーマンスでも同様に併せて披露されている。
作詞・レコーディング
「Peace on Earth」は、オマー爆破事件が起きた1998年8月15日に書かれた。爆破を行ったのはリアルIRAという武装組織で、この事件によって29名が犠牲となった。リードシンガーのボノはこの出来事について「個人的なことを除けば、人生でもっとも最悪の日だった」と述べている。同年5月、U2は北アイルランド問題の暴力終結を目指すベルファスト合意(聖金曜日合意)を支援するイベントに参加しており、この爆破事件を受けて和平プロセスが終わってしまうのではないかと恐れたという。年末のクリスマスシーズンになると、ボノは「地上に平和を、人びとに善意を」という言葉に対して違和感を覚えるようになった。
ギタリストのエッジによれば、「Peace on Earth」はあらかじめ用意してあった音楽に、ボノがマイクの前でボーカルを合わせる形で比較的スムーズに完成したという。エッジはDigiTech Whammyというエフェクトペダルを使い、中国音楽を思わせるような独特のギターサウンドを生み出している。歌詞の一節「I’m sick of hearing again and again that there’s gonna be peace on earth」については、エッジは当初「that there’s never gonna be peace on earth」に差し替えるべきだと考えていたものの、最終的には元の形が採用された。
『All That You Can’t Leave Behind』の制作過程では、「Peace on Earth」の完成が特に難航した。共同プロデューサーのブライアン・イーノは疲労のため終盤には不在となり、マイク・ヘッジズが仕上げのために招かれた。この曲のボーカル録音は、アルバムの納品期限の前夜に行われたという。2023年にリリースされたアルバム『Songs of Surrender』には、エッジがリードボーカルを担当するアコースティック版が収録されている。
ライブ・パフォーマンス
2001年のエレベーション・ツアーでは、「Walk On」との組み合わせでアンコール曲として頻繁に披露された。2001年9月21日にロンドンで収録された『America: A Tribute to Heroes』でも、両曲をミックスする形で演奏し、その際、ボノは「I’m sick of hearing again and again that there’s never gonna be peace on earth」と歌詞を変えて歌っている。
2024年2月18日、ラスベガスで行われたレジデンシー公演『U2:UV Achtung Baby Live at Sphere』において、約20年ぶりにこの曲が再び演奏された。これはイスラエル・ハマス戦争の状況に呼応するものとされている。
評価
アイルランドのジャーナリストであるニアル・ストークスは、「Peace on Earth」をU2でもっとも「不可知論的な曲」と呼び、「『Wake Up Dead Man』が持つ見捨てられ感をさらに一歩進めたもの」と評している。ビル・グラハムは「『Wake Up Dead Man』の続編か?」と述べ、ボノが「Peace on Earth」を歌う際の苦々しさを指摘している。
批評家たちは、この曲を1983年の「Sunday Bloody Sunday」と比較して論じることが多い。ヴィシュニャ・コーガンによれば、いずれも北アイルランド問題に起因する紛争や暴力を題材としている点は同じだが、「Sunday Bloody Sunday」は歴史的事件を扱い、降伏や許し、中立性といった要素が強調されている。一方、「Peace on Earth」はオマー爆破事件直後に書かれたため、より感情的であるという。また、1987年の「Mothers of the Disappeared」との共通点を指摘する声もある。
2001年9月11日の同時多発テロ事件後、「Peace on Earth」はアメリカで広く注目を集めるようになった。たとえばラスベガスのラジオ局では事件直後からこの曲が頻繁に流され、リクエストが殺到したという。これは他の都市でも同様で、多くの局でリスナーからのリクエストが相次いだ。
歌詞の意味
この曲は「平和」という言葉が空虚に響く世界で、現実の痛みと理想の乖離を突きつける。冒頭から続く倦怠と疲弊は、ただの願望では埋まらない深い亀裂の存在を示し、何度も繰り返される“平和が来る”という決まり文句がむしろ虚しさを増幅させる。
幼少期の記憶は暴力の連鎖を象徴し、守るために怪物になるしかないという皮肉が、個人では止められない構造的な暴力を浮かび上がらせる。祈りの呼びかけは信仰への依存ではなく、誰も救えない現実への嘆きに近い。特に戦死者の名前を読み上げる場面では、抽象的な「平和」が、具体的な喪失の重さにまったく届いていないことが露わになる。
最終的に曲が語るのは、祝祭の季節に繰り返される「平和」という言葉が、歴史や現在と噛み合わず空転してしまうという冷徹な認識だ。それでもその言葉を手放せないのは、矛盾した世界の中で、なお祈り続けるしかない人間の弱さと強さが同時に存在しているからだ。
ヒーニーの詩への言及
北アイルランドの詩人シェイマス・ヒーニー(1939年4月13日 – 2013年8月30日)の詩『The Cure at Troy』への言及。
History says, don’t hope
On this side of the grave.
歴史は言う、「墓のこちら側では希望を持つな」と
But then, once in a lifetime
だが、一生に一度だけ
The longed-for tidal wave
待ち望まれた正義の大波が
Of justice can rise up,
立ち上がり
And hope and history rhyme.
希望と歴史が重なる瞬間がある
「rhyme」は「韻を踏む」「一致する」「調和する」「重なる」という意味。
この曲は9.11で注目を集めたが、作詞は北アイルランド問題が直接のインスピレーションになっている。


