【曲解説】TWICE – TAKEDOWN (JEONGYEON, JIHYO, CHAEYOUNG)

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曲情報

「Takedown」(テイクダウン)は、2025年のアニメーション・ミュージカル・ファンタジー映画『KPop Demon Hunters』に登場する楽曲。劇中では、Ejae、Audrey Nuna、Rei Amiが架空のK-POPガールズグループHuntr/x(ハンタリクス)として披露するバージョンと、実在の韓国ガールズグループTWICE(トゥワイス)のジョンヨン、ジヒョ、チェヨンによるエンドクレジット用のリミックスバージョンの2種類が使用されている。TWICE版は2025年6月20日にRepublic Recordsから映画のサウンドトラックのリードシングルとしてリリースされた。

背景とリリース

アニメ映画『KPop Demon Hunters』は2025年6月20日にNetflixで配信開始された。物語は、Huntr/xという架空のK-POPガールズグループ(Rumi、Mira、Zoeyの3人組)を中心に展開し、それぞれの歌唱パートはEjae、Audrey Nuna、Rei Amiが担当している。「Takedown」は劇中でHuntr/xによって披露され、エンドクレジットではTWICEのジョンヨン、ジヒョ、チェヨンによるリミックスバージョンが使用されている。このエンドクレジットでは、映画の出演者や音楽制作陣の収録風景などの実写映像も映し出される。両バージョンを収録したサウンドトラック・アルバムは映画の公開日と同じく6月20日にリリースされ、TWICE版「Takedown」は同アルバムのリードシングルとして同日に先行配信された。6月27日には本楽曲の7インチ・レコードも発売された。さらに2025年7月には、TWICEの新アルバム『This Is For』のデラックス版にも収録された。

歌詞と構成

「Takedown」は、Huntr/xが宿敵であるSaja Boys(サジャ・ボーイズ)への怒りと復讐心をぶつける「戦士の賛歌(warrior anthem)」とされている。劇中では、ハーフデーモンであるRumiが内なる声を失ってしまい、この楽曲の歌唱に苦しみながらも、より穏やかな歌詞へと書き換えようとする。しかし、MiraとZoeyに扮した悪魔たちはその変更を拒否し、元の攻撃的なバージョンを選んで披露し、Rumiの身体に刻まれたデーモンの印を暴くことになる。なお、この曲は元々映画用ではなく、独立した楽曲として書かれ録音された後に映画に組み込まれたという。

TWICEによるエンドクレジットバージョンはTikTokでのダンスチャレンジの中心曲にもなっており、特にチェヨンは当初この曲の激しさに戸惑いを感じたものの、新しいスタイルに挑戦することを楽しんだと語っている。ジョンヨンは、この曲が3人にとって初めてのユニット曲であり、「特別な経験だった」と述べている。

チャート

米ビルボードホット100で76位にランクインした。

評価

Rolling Stone IndiaのDebashree Duttaは、Huntr/xがSaja Boysに対して抱える怒りを爆発させる構成に注目し、「強烈な激しさ(marked ferocity)」を称賛した。That Hashtag ShowのSarah Careyは、Huntr/x版の「攻撃的なエネルギー」とTWICE版の「洗練された仕上がり」の両方に言及し、「高揚感のあるヒット曲でありながら、感情の重みもしっかりと伝えている」と評価。「ビートドロップとパワーボーカルを兼ね備え、力強いメッセージを伝える」と述べている。

歌詞の意味

この曲は敵対者の“暴かれた本性”に対する徹底的な断罪を、容赦のない語彙と攻撃的なメタファーを使って押し出す構造になっている。対象は単なる嫌いな相手ではなく、嘘や欺瞞を撒き散らし周囲を操る“腐敗した存在”として描かれ、主人公側はその正体を見抜いた瞬間から、躊躇のない制裁行為へと心理が転換していく。

物語的な背景はほとんど提示されないが、意図的に説明を排除することで、行為そのものの即時性と強度を際立たせている。相手の“顔”と“殻”に対する執拗な描写は、人格の腐敗を外見のグロテスクさとして具象化し、対立の構図を倫理的ではなく本質的な“浄化”へと引き寄せている。

反復される「patterns」が、偽装した性質が徐々に露出していく過程を示し、それを契機に主人公の怒りは個人的な恨みではなく、“害悪そのものを排除する使命”の方向へ転化する。ここでの暴力表現は現実的な描写ではなく、象徴的な“悪の消去”として機能している。

全体の核は勧善懲悪ではなく、“欺瞞の破壊”という純粋な行為性で、倫理判断よりもカタルシスが前景に出る。サウンドの激しさと呼応するように、言語も直接的で過剰なまでに物理的なイメージを用い、対象の虚構を粉砕する瞬間そのものを体験として提示する。

そのため、この曲は抑圧された怒りの発火点を描く作品としてよりも、“欺かれていた者が真実を認識した瞬間に得る圧倒的な解放感”を攻撃的比喩でドラマ化した内容になっている。

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