【曲解説】Radiohead – The Bends

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曲情報

「ザ・ベンズ」は1995年3月にリリースされたレディオヘッドの2枚目のスタジオアルバム『The Bends』の収録曲でアルバムのタイトル曲。

「Creep」リリース以前に書かれた曲

1996年の7月にアルバムの中から最後にシングルカットされた曲としてリリースされたが、この曲自体はデビューシングル「Creep」リリース前の1992年に書かれたものである。

デヴィッド・ボウイの作風の模倣

トム・ヨークはこの曲を「ボウイのパスティーシュ」と表現した。

パスティーシュ(仏: pastiche) … 作風の模倣のこと。

歌詞は冗談のつもりだった

「人類の一部になりたい」などの歌詞や、「60年代だったらいいのに / 幸せになれたらいいのに」という繰り返しのセリフなどはユーモアを意図したものだったが、このユーモアが無視され、彼はインタビューで、「本当に1960年代だったらよかったのか」と何度も尋ねられたたことにイライラすることとなった。

オアシスへの当てこすり?

ファクトのスコット・ウィルソンは、このセリフをオアシスの1994年の曲「リヴ・フォーエバー」や「ロックンロール・スター」の歌詞など、他のバンドの「別の時代への執着」に対する当てこすりだと解釈した。

90年代のブリットポップは懐古的

トム・ヨークはメロディー・メーカー誌1995年6月号で「”ザ・ベンズ”という曲は完全に冗談で、完全に皮肉で他人を嘲笑っている曲だ」と述べている。

ヨークは、「ザ・ベンズ」はあらゆる種類の人物、特に60年代のトリップにしがみついている特定のジャーナリストに向けて書いたものであると述べ、1990年代半ばのブリットポップ運動に言及し、それを「懐古的だ」と評した。一方でジョニーはこの運動を「1960年代のリバイバル」と表現した。

初期の歌詞との違い

この曲は当初「本当の友達が誰なのか、そして彼らがいつライブに来てくれるのかを知る」ことについての曲として紹介されたが、ヨークは後にこれを「友達が誰なのかを知ること」に歌詞を単純化した。

タイトル「ザ・ベンズ」の意味

タイトルの「ザ・ベンズ」とは、スキューバダイビングでダイバーが急浮上して水面に戻った際に、体内で窒素が気泡となり、筋肉痛やめまい、意識障害等の症状を引き起こす減圧症のことである。つまり、潜ることは昔を懐かしむことであり、美化された過去の思い出から急に現在の現実を突きつけられた際に、そのギャップによって精神的苦痛が伴うことを言っていると思われる。そのため、「ザ・ベンズ」の本質はむしろ浮かび上がった後の症状であり、日本版CDの訳にもある「潜水病」という訳ではなく「減圧症」という訳を採用した。

インタビュー情報

ジョニー:バンドの他のメンバーと同じように、彼(トム)には友達がいないみたいなんだ。本当に、ちょっと気持ち悪いんだけど、ツアーを終えてオックスフォードに戻った時に…本当に悲しいことが起きたんだ。僕らは皆、家に帰って、知り合いの1人か2人に電話をかけたんだけど、みんな外出中で、結局またお互いに電話することになったんだ

Fender Frontline、1993年秋

フィル:僕はスタジオから離れて、借りる家を見に行きたかったんだ。その結果、これは一発目のテイクが正式な音源として採用された。

エド:この曲を何度もライブで演奏した後、ようやくレコーディングしたというのは変な感じだ。この曲はジョニーの激しいギタープレイを特に際立たせているね。

ジョニー:シュラング! シュランシュラン、シュラン。 シュラン…シュラン!これが『ザ・ベンズ』、空気でいっぱいさ。

コリン:年間にライブで何度も繰り返し演奏されるバンドのお気に入り曲で、忠実にライブ感そのままでテープに収めたんだ。

トム:録音に注意して聴いてみてくれ。僕はそうしてるよ。この曲はあまりに古くて、もう何の意味も分からなくなってしまった。でも、それでいいんだ。

Answerphone、1995年3月下旬から4月頃

「ザ・ベンズ」(これもシングル)には、トムが「60年代だったらいいのに、幸せになれたらいいのに」と歌う一節がある。 これは、イギリスのポップカルチャーの最先端から取り残されたトムの絶望感、未来を受け入れる代わりに過去に逃げ場を求めていることの表れと解釈できるかもしれない。

トム:まあ、それは誰もが望むことだろ?

Q:私は望まないけど

トム:いや、そうじゃなくて、つまり俺が言いたいのは、それは俺たちの世代の暗黙の神経症のようなものだってことさ。60年代の特徴は、人々がたくさんのお金と自由を持っていて、彼らには仕事があって、自分を表現できると感じていたんだ。

Q:90年代に絶望しているの?

トム:いや、90年代は音楽的には素晴らしいと思うよ、政治的には恐ろしいものだと思うけど。

London Calling、1995年1月

新しいアルバムのタイトルは、バンドの痛みに満ちた急速な名声上昇によって引き起こされたストレスを反映しています。

「俺たちはあまりにも早く来すぎたのだと思う」とヨークは言う。

ビルボード、1995年2月25日

トム:告白的なこともあれば、そうでないこともある。あの曲を書いた時、たぶん気味が悪い(creep)って感じたかもしれないけど、いつも自分のことを気味が悪い(creep)って思ってるわけじゃない。実際、俺たちがやっていることの多くはかなりユーモラスなことだと思う。地球上の他の誰も同意してないみたいだけどね。ステージに立って「人類の一員でいたい」って歌うなんて…ちょっとおかしいだろ。そう思わない?

ザ・タイムズ、1995年3月17日

「一部の報道陣は本当に馬鹿げてる」とヨークは言う。「みんなが俺たちのところに来て、『60年代だったらいいのに / 幸せになれたらいいのに / そう願っている / 願っている / 何かが起こるのを』(ザ・ベンズより)という一節を引き合いに出すんだ。あの一節は冗談として書いたのに。からかっていたんだよ。俺たちはみんな、あの曲をおかしい曲だと思ってたんだ」

ザ・タイムズ、1995年5月19日

「いや、飛行機のこととか、本当の友達が誰なのかわからないこととか。あれは俺たちにとってボウイのパスティーシュだったんだ!俺たちのジョークソングだよ!」 とトムは笑う。 「そして本当に、あのクソみたいな曲を書かなければよかったと思ってる。それが俺の人生の悩みになったんだ。何百人ものジャーナリストが、クソみたいなインタビューのたびにこう尋ねてきたんだ。『60年代だったらよかったと思いますか?』ってね。いや、クソ60年代だったらよかったのになんて思わないよ。リーバイスのジーンズは自分のことを60年代のものだったらよかったのにと思うかもしれないけど、俺は絶対に思わないね」

メロディメーカー、1995年6月

トム:最初のアルバムを完成させる前にこの曲を書いた。冒頭の音は、アメリカのこのホテルの外で行われていた乱痴気騒ぎを録音したものなんだ。さまざまな楽器を持った8歳の子供たちを徹底的に訓練している男がいた。その男はセーターの上に小さなマイクを付けていて、「そうだ、頑張れ、頑張れ」と言っていた。それで俺は部屋を飛び出して録音したんだ。

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